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大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1398号 判決 1966年4月28日

控訴人(原告) 木岡正博

被控訴人(被告) 大阪府知事・国 外一名

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、原判決を取消す、被控訴人知事は控訴人に対し、同被控訴人において昭和二四年一二月二日自作農創設特別措置法第三条に基づき原判決添付目録記載の土地に対してなした買収処分が無効であることを確認する、被控訴人国は控訴人に対し、右土地について昭和二五年四月二四日大阪法務局和泉出張所受付第四五六号をもつて同被控訴人のためなされた右買収を原因とする所有権移転登記の抹消登記手続をせよ、被控訴人辻好美は控訴人に対し、右土地について昭和二五年五月一日同出張所受付第五〇六号をもつて同被控訴人のためなされた同法第一六条に基づく昭和二四年一二月二日付売渡を原因とする所有権取得登記の抹消登記手続をせよ、訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする、との判決を求めた。被控訴代理人らは、いずれも、本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人の負担とする、との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張は左に補足するほか原判決事実摘示のとおりであるからここにこれを引用する。(ただし、原判決事実第四の三被告辻の抗弁(四)ないし(六)中「平隠」とあるのはすべて「平穏」の誤記であるから訂正する。)

(控訴人の主張)

被控訴人辻は、その先代辻芳三において、控訴人先代磯一の療養費およびその母夕子の生活費を支出した代償として右磯一から本件土地の贈与を受けたものであると主張する。しかしながら、芳三は本件土地の耕作によつてあげられる収益をすべて自己の取得としていたものであり、夕子の生活費のごときは右収益によりこれを償つて余りがある。また、磯一の療養生活費はその愛人である訴外森田千代子が大部分を支出し、残余は本件土地の収益によつて賄われたから、結局芳三に一銭の損失もかけておらない。従つて、磯一が本件土地を芳三に贈与する筈がない。しかるに、芳三は、磯一がその死の直前身体が不自由であつたため印鑑や本件土地の権利証等貴重品を芳三に預けそのまま死亡したのを奇貨として、本件土地の贈与を受けた旨虚偽の事実を主張しているのである。終戦後農地改革が行われるや、右芳三は居付農地委員会の委員中にその縁者がいたのを幸い、これと結託し、本件買収および売渡処分をなさしめたが、その際故意に買収令書を磯一の家督相続人であり本件土地の所有者たる控訴人に交付させなかつたというのが本件の真相なのである。仮に、被控訴人ら主張のとおりであるとするならば、何故に芳三が自己の所有物に対して対価を支出してわざわざ買収売渡の迂路をとつたのであるかその理由を遂に理解することができない。もし、たんに登記名義の変更をなす手段として自創法に定める買収売渡の形式をとつたというのであるならば、法の精神を没却すること甚だしく、違法たるを免れない。

(被控訴人辻好美の主張)

控訴人の先代磯一は、事実上訴外木岡由太郎の養子となつたもので、実家の財産である本件土地は母夕子や妹キヌエのために残して由太郎家に入つたのである。ところが、昭和一三年頃肺結核にかかり妻滝野や控訴人ら子供を由太郎方に残し離婚して独り実家に帰つた。当時由太郎家は資産家であり、由太郎や滝野も本件土地など全く問題にしておらず、控訴人ら兄弟は由太郎の孫として幸福に暮しており、本件土地を控訴人の将来承継する財産としてあてにするようなことはなかつた。むしろ、滝野らは、離婚により磯一と一切の関係を絶ち、療養のための負担がかかることをさけようとし、磯一が控訴人ら子供に会いたがつても会わさなかつたほどであり、もとより一銭の療養費も支出してはいない。控訴人やその母滝野が、真に本件土地を磯一の相続財産と信じていたならば、磯一が昭和一七年死亡後本件係争にいたるまで、芳三夫婦や被控訴人の自由に支配するにまかせ、権利を主張せず、公租公課も支払わぬまま過して来たであろうか。都会とちがい、田舎のことであり、両家が極めて近くに住みながら、本件土地を被控訴人辻方で支配することに何人も疑をもたなかつたのである。村人はもとより、控訴人らも本件土地が被控訴人辻方の所有であることを認めていたのが真実であるのに、都市近郊の地価の値上りのため今になつて控訴人は相続人たる権利を主張し始めたものである。

控訴人は、種々の理由を挙げて被控訴人辻を非難する。しかしながら、本件土地のような僅少の農地の収益で、戦前難病とされ多額の療養費を要した肺結核の病人の療養生活費を賄うことができたか否かいわずして明らかである。磯一の愛人の仕送りというにいたつては、そのような人物がいたかどうかも分明でなく、何ら根拠のあることではない。また、被控訴人辻方において、本件土地所有権を取得した後登記手続をしないで放置していたことは田舎では常にみかけることで何ら怪しむに足らず、まして、自ら所有権確認請求の訴訟の挙に出なかつたことは、何人も被控訴人辻方の所有権を否定するものがなく、その必要がなかつたことから当然というべきである。さらに、被控訴人辻が、本件土地につき農地買収売渡の手続を経たのは、法的に無智であるため、単に登記名義を取得する方法としてなしたものにすぎないのであつて、このことは、本件土地以外にも被控訴人辻の父芳三が他から買い受けて移転登記をしていなかつた農地について同様農地買収売渡の手続を経ている(乙第五号証参照)ことからも窺われるところである。

(証拠省略)

理由

一、控訴人の被控訴人知事に対する本件買収処分の無効確認請求について。

当裁判所は、控訴人の被控訴人知事に対する本件買収処分の無効確認請求を不適法として却下すべきものと認める。その理由は、原審の事実認定を支持する証拠として、当審証人辻キヌエの証言および同証言によつて真正に成立したものと認める乙第三号証の一、二、同第四号証の一ないし一〇、成立に争ない同第五号証、原審証人辻キヌエの証言(第二回)によつて真正に成立したものと認める乙第六号証を追加し、右認定に反する当審証人木岡滝野、同東良子の各証言は措信することができず、他に右認定を動かすに足る新たな証拠はない旨付加するほか、原判決理由冒頭から同一〇枚目裏一二行目までに記載してあるところと同一であるから、ここにこれを引用する。(ただし、原判決九枚目表一〇行目に「認定に比べ」とあるのを「認定に供した証拠に比べ」と訂正する。)

二、控訴人の被控訴人国に対する買収による所有権取得登記の抹消登記手続請求および被控訴人辻に対する売渡による所有権取得登記の抹消登記手続請求について。

本件土地について、本件農地買収処分を原因として被控訴人国(農林省)のための所有権取得登記、売渡処分を原因として被控訴人辻好美のための所有権取得登記がそれぞれなされていることは当事者間に争がない。

控訴人の請求の要旨とするところは、控訴人は本件土地の所有者であるところ、無効なる本件農地買収処分を起点として前記各登記がなされているため控訴人の所有権行使が妨害されているから、右所有権に基き前記各登記の抹消を求めるというにある。しかしながら、さきに、控訴人の被控訴人知事に対する請求に対する判断において述べた(原判決理由参照)とおり、控訴人先代磯一はすでに昭和一四年八月一五日頃本件土地を辻芳三夫婦に贈与し、芳三夫婦は同二四年一一月頃さらにこれを被控訴人辻好美に贈与し、現に本件土地の登記簿上所有名義も同被控訴人に帰しているのであるから、本件土地は控訴人においてこれを相続承継したものではなく、その所有権が控訴人に属していることを前提とする本訴各請求はすでにこの点において失当であり、いずれも棄却を免れないものといわなければならない。(なお、念のため付言するに、被控訴人国は、原審において本件土地が家督相続により控訴人の所有に帰したものであることを認める旨陳述しているが、本件において被控訴人知事は権利義務の主体たる国の機関として特に当事者能力を認められているにすぎないのであるから、控訴人と被控訴人知事との間の判決の既判力は被控訴人国に及び、控訴人と被控訴人国との間の判決の既判力は被控訴人知事に及ぶ関係にある。それ故本件において少くとも被控訴人国と被控訴人知事との間にはいわゆる類似必要的共同訴訟の関係が存すると解すべきであるから、被控訴人知事が右相続承継の事実を争つている限り、右自白はその効力を生ずるものではない。)

三、結論。

以上説示の次第により、控訴人の被控訴人知事に対する請求および被控訴人辻好美に対する請求につき原判決が前者を却下し後者を棄却したのは相当であつて、これらに対する本件控訴はいずれも理由がないからこれを棄却すべきものである。しかしながら、控訴人の被控訴人国に対する請求は、前記のように所有権に基く防害排除請求権の行使としての登記抹消請求であつて、これに権利保護の利益なしとするいかなる理由も発見することができないから、原審が右請求に訴の利益がないとして却下したことは不当であるといわなければならない。しかして、右請求の理由がないことは前記のとおりであるが、右当審の判断に従い、原審のなした訴却下の判決を取消して請求棄却の判決をなすべきものとすれば、訴却下の判決は請求棄却の判決に比し控訴した敗訴の当事者である控訴人にとり利益なものである結果、控訴審における不利益変更の禁止に反するにいたるので、当裁判所としてはたんに控訴棄却の判決をなせば足るものである。よつて、本件控訴をすべて棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野田常太郎 柴山利彦 宮本聖司)

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